それは一瞬の出来事だった。斉藤は膨れ上がった身体でソイツに飛び掛り喉元を手刀で突き上げ、潤は膨れ上がった右手でソイツの首を強く締め上げた。ソイツ等はその一瞬の攻撃で気絶し、潤達の身体はいつの間にか元に戻っていた。
「一件落着。これでしばらくはアイツ等も大人しくしてるだろう」
「ああ。しかし頭を叩いて取り憑いた人間を行動不能にすれば動かなくなると思ったが、認識が甘かったな」
「ああ。恐らくアイツ等は脳を支配し、まるで操り人形のように操るんだろうな。しかも他人の身体だからリミッターを気にせず襲い掛かって来たしな。北川、お前の言ったとおり“力”を使わなかったら俺達もヤバかったな」
 俺の目の前で今起きた事件を振り返る潤と斉藤。俺は2人の会話の内容がまったく理解できず、呆然としながら聞き流していた。
 そんな中、俺はある違和感を覚えた。アイツ等は本当に魔物なのだろうかと。昨日俺を襲った魔物はポルターガイスト的現象を起こしていたのに対し、今日俺達を襲った魔物は他校の不良生徒に取り憑いて襲い掛かってきた。
 前者は間接的な攻撃に対し、後者は直接的な攻撃という感じに、昨日と今日で攻撃方法がまったく異なる。最も、昨晩の魔物にしろ今夜の魔物にしろ、どちらとも俺をターゲットにしているのは間違いない。ひょっとしたら昨日の魔物は他に取り憑く相手がいなかったから、間接的な方法で危害を加えてきたかもしれない。
(そう言えば舞先輩は!?)
 そうだ、潤達に気を取られていて一瞬忘れていたが、アイツ等の一味は舞先輩に襲い掛かっていた。舞先輩は無事だろうか? そう思い舞先輩のほうに顔を向けるが、いつの間にか舞先輩の姿は取り憑かれた不良生徒と共に消えていた。
「さてと、祐一。お前には色々と話さなきゃらならんな」
 消えた舞先輩の行方をキョロキョロ探している俺に、潤が声をかけて来た。
「いいか祐一。今からオレが話すことは他言無用だ。何せ、一般には語られていない超機密事項だからな」
「超機密事項?」
「ああ。何せオレ等が使っていた能力こそ、古代蝦夷の民が朝廷の者共に「蝦夷」と畏れられた所以。古代蝦夷の民が生み出した超能力、“蝦夷力えみしのおちから”だからだ!!」



第弐拾壱話「蝦夷力えみしのおちから


 潤の口から語られる言葉は俄かには信じ難いものだった。まずは、潤たちが行ったことは、概念的には大したことないらしい。例えば潤が行ったことは、拳を握り掌に力を集中させることを大げさにやった程度に過ぎないのだという。
「ま、何つうか、オレ等のやったことは、人間の潜在能力を効率よく使ったり発揮したりしているのに過ぎないってことだ」
「人間の潜在能力を効率よく使ったり発揮したりするって、そんなことが可能なのか?」
「可能さ。聞くけど祐一、お前はリモコンを使ってTVの電源を点けられるか?」
「ああ、当たり前に決まってるだろ」
「じゃあ、どういった概念や仕組みでリモコンによりTVの電源が点けられるかは分かるか?」
「う、それは……」
 潤の質問に俺は口をつぐんでしまう。確かにTVの電源を点けることは簡単にできる。しかしだ、どのような仕組みによって作動しているかは詳しく分からない。恐らく赤外線か何かを使っているのだろうが、LSIはどのくらい使われているのだとか、どういったプログラミングで動いているのだとかはさっぱり分からない。
「分からないだろう。オレも詳しくは分からん。しかしだ、例え仕組みや概念が分かっていなくても、スイッチの押し方さえ分かってればリモコンを使うことには何ら支障はない。
 人間の身体も同じようなものだ。例えば脳がどんな命令系統を用いて腕を動かしたり目でものを見ているのかは分からない。しかしだ。身体の概念が分からなくたって、頭でこうだって理解すれば目は開けられるし腕を曲げたり伸ばしたりできる。
 用は世の中スイッチの押し方さえ知ってれば、大概何ら支障がなく生活することが可能ってワケだ。
 だが、もし使い方を知ってれば?」
「えっ!?」
「例えばPCがどういったパーツで動いているか理解してれば、故障の際やグレードアップするために新しいパーツに交換することが可能だ。また、OSの仕組みを理解していれば、それを元に独自のOSを作られるかもしれない。
 つまり、仕組みや概念を理解していれば、応用が利くようになるってことだ。オレ等がやったことはそういうことだ。オレ等は人間の身体の仕組みや概念に詳しく、それらの知識を元に常人より身体能力を効率よく使っているに過ぎない。最も、概念上は簡単だけど、習得には血の滲むような努力が必要だけどな」
「……」
「どうした? あまりに突拍子のないことで言葉も出ないか?」
「えっ、ああ……」
 確かに潤の口から出た言葉は突拍子もないことだった。しかし、俺は“力”の仕組みを教えられた時、奇妙な感想を抱いた。
 この雑感は本当に奇妙だ。あれを見れば誰もが驚きの声をあげることだろう。しかし、俺の中に抱かれた感想は、「何だその程度のことしかできないのか?」というものだった。
 本当にこの感覚は奇妙だ。常人より効率よく身体能力を使っているのに、大したことないと思うのは。何だろう? 俺は人間の身体の仕組みや概念を理解し実践している範疇に留まらない、更に超越的な“力”を知っているような気がしてならない。
 そう、記憶にはないが、俺はずうっと昔に潤がして見せた以上の行為を見た気がしてならない……。



「しかし、何でそんな能力を身に付けてるんだ?」
 どのような能力にしても体得するにはそれなりの理由がある。自ら習得には血の滲むような努力が必要と言ってるのだから、まさか伊達や酔狂で身に付けているわけじゃないだろうし。
「ああ。実はな。この能力を体得した應援團はだな……自衛隊の特殊部隊への入隊が自動的に決まってるんだよ!!」
「な、なんだって!?」
 潤の話によれば、自分も詳しくは分からないが自衛隊にはいくつかの特殊部隊があり、その中の一つに歴代應援團員のみで構成された部隊があり、應援團は卒業と同時にその特殊部隊への入隊の道が用意されているとのことだった。
「最も、入隊は本人の自由意志に基き、強制じゃない。実際副團は海自に行くって話だし、今の所入隊を希望しているのは團長と斉藤とオレの3人のみだ。
 過去にも入隊の話に応じなかった人はいたけど、ほとんどは自ら志願している。何せ入隊が決まってるんだから應援團になった時点で受験勉強とはオサラバだし、卒業後は衣服住が提供されて給料も貰える生活が待ってるんだからな。厳しい訓練に耐えた後こんなご褒美が待ってるんだから、そりゃ普通は断らんよな」
「ふ〜〜ん。そういえば香里の名前がなかったけど、彼女はどうするつもりなんだ?」
「あ、ああ香里はだな……えっと、その……ほら、アイツ女の子じゃん! 女の自分に自衛隊は似合わないって先生か何かになるんじゃないかな? 実際歴代應援團の女性團員で自衛官になった人はいないし……」
 俺が香里のことを口にすると、潤は慌てふためくように説明した。どうやらこの反応だと、香里の進路にはあんまり詳しくないようだな。他の團員の進路は知ってるのに、香里だけ知らないっていうのも変な話だけど。



「なあ、潤。ひょっとして舞先輩も……?」
 今日の生徒総会で潤は愚痴っていた。舞先輩はオレ等應援團を遥かに凌ぐ力を持っていたのにも関わらず、應援團に入らなかったと。それはつまり舞先輩は潤と同等、いやそれ以上の力を生まれながらにして持っていたということなのだろうか? その辺りの真意を確かめるべく、潤に訊ねてみた。
「お前の言いたいことは分かるぜ。舞先輩は……」
ドサッ!
 そんな時だった。闇に包まれた廊下に、重い何かを放り投げるような音が響いた。
「やめて……。祐一の前でその話はやめて……」
 音の鳴り響く先に懐中電灯を向けると、光の先には舞先輩の姿があった。そしてその足元を凝視すると……。
「!?」
 その足元には、口から泡を吹きながら倒れている不良生徒の姿があった。恐らく潤のように対処したのだろう。しかし、その対処の仕方があまりに異様だ。潤や斉藤は一瞬にして意識を失わせたのに対し、舞先輩は執拗に首を絞めて気絶させたようだ。倒れた生徒の首筋に残る赤い痕が惨劇を痛々しく物語っている。
「もし、話したらどうなるって言うんだ?」
「この男と同じ末路を辿る……。この男は祐一の目の前で余計なことを言おうとした。だから始末した……」
「ヘッ、上等じゃねぇか! そんな脅しでオレがビビるとでも思ったか!!」
「お、おい、北川よせ! 相手はあの川澄先輩だぞ……」
 斉藤が舞先輩に啖呵を切る潤を宥めようとするが、潤は斉藤の忠告に聞く耳を持とうとしない。
「いいかぁ! よく聞け祐一! 川澄の野郎はなぁ……!」
「やめろ!!」
 潤が舞先輩の何かを語ろうとした瞬間、舞先輩は戦慄を纏った声で潤を威嚇した。
「いいねいいね、その殺気立った感じ。オレを黙らせたかったら力尽くで来な!」
「……」
 舞先輩は潤の挑発に乗るかのように構えた。
「よせ北川!」
「止めんな斉藤! 前々からチャンスをうかがってたんだ。川澄の野郎と直に戦う機会をなぁっ!」
 潤は舞先輩が構えたのに呼応するかのように、自らも戦闘体勢に入った!
「昔から気に入らなかったんだ! オレ等を遥かに凌ぐ天賦の才がありながらも應援團を拒んだテメェがな! だがな、今証明してやる。天賦の才に胡坐をかいている人間よりも、努力を重ねた凡人の方が格が上だってことをよ!!」
「遺言はそれだけ……?」
「っ……!? 舐めやがって!! 覚悟しろ川澄ぃぃぃぃ〜〜!! 俺のこの手が光って唸る! お前を倒せと輝き叫ぶ! ひぃぃぃさっつ!! シャアァァァニイング! フィンガァァァァァーー!!」
 潤は全身の力を右手に込め、舞先輩に立ち向かっていったのだった。



 ガッ!
「なっ!?」
 しかし、潤の渾身の一撃はあっさり舞先輩にかわされ、逆に突き出した右腕を掴まれてしまったのだった。
「ぐっ、ううっ……!!」
「右手の一撃に賭ける攻撃方法は決して悪くはない。けど、モーションがあまりに大胆で動きが読み易い……。遊びの拳は私には通用しない……」
「離せ! 離せぇ!!」
「そしてあなたが突出しているのは右手の破壊力のみ。だからこうして右腕を掴めば、あなたはただの人……」
 格が違う。俺は潤と舞先輩との実力に雲泥の差があることを否応なく悟った。そう、得意の右手を封じられた潤は一般人と変わらない。一般人としての能力は、舞先輩に劣る。それはあの生徒総会時の騒動を見れば分かる。つまり、右手を掴まれた時点で勝負は決したも同然なのだ。
「安心して。祐一の目の前で意識を奪ったりはしない。けど、あなたは私の警告を無視した。だからそれ相応の罰は受けてもらう……」
 グ……ググ……
「ぐっ、がはっ……」
 舞先輩は残った左手で潤の首をきつく締め上げた。潤は必死に舞先輩の腕を解き放とうとするが、利き腕ではない左腕の握力ではそれも叶わず、為すすべもなく首を絞め続けられるのだった。
 舞先輩を止めなきゃ! そう思う俺だったが、足がすくんで動かなかった。俺は舞先輩に気圧されていた。逆鱗に触れた者を容赦なく裁く舞先輩の鬼神の如き姿に。
「ぐ……げほっ……。て、テメェは一体何なんだ……」
「私はただの人……。私はお前のような能力者でもオヤシロ様の生まれ変わりでもない、ただの人……」
「……ぐぇ……そういうことか……噂は本当だったか……。てめぇは……ゲホッ……あの村の出身者……だから……グ……幸村先生も肩を持つわけだ……ゲホォッ……だから……常人を超える力を生まれながらに…………」
 ドサッ!
 舞先輩は、潤が気絶するか否かの瀬戸際で締め上げていた腕を解き、潤を投げ捨てるように床に叩きつけた。
「……」
 そして舞先輩は、無言で闇の校舎へ消えていった。
「ガホッ……ゲホゲホッ……」
「だ、大丈夫か潤!?」
 俺は床に倒れ込む潤に、俺は急いで駆けついた。
「ぢぐしょう……」
「喋るな潤!」
「ぢぐしょう……ぢぐしょうぢぐしょうぢぐしょう……!! オレは血の滲むような努力をしだんだ……。過酷な訓練にだえぬいだんだ……。なのに、どうしてアイヅに敵わなぇんだよ……!! ぐうう〜〜!!」
 潤は泣いた。潰れかかった喉で必死に悔しさを訴えた。言葉にならないほどの努力や訓練を積み上げたのだろう。そして“蝦夷力”を体得したのだろう。
 けど、その力は舞先輩に通用しなかった。何の力も使っていない舞先輩にあっさり敗れ去ったのだ。それは耐え難い屈辱だっただろう。必死に力を体得した自分が、力を持たない女子に敵わなかったのだ。潤の無念は想像に難くない。
 しかし潤の呟いた言葉の数々は気になる。潤はハッキリとは言っていないが、その断片から舞先輩が何らかの超能力を保有しているのではないかと臭わせる。
 舞先輩、本当にあなたは何なんです?



「祐一! 今までどこ行ってたの!!」
 水瀬家に帰ると、玄関先で名雪が叱り付ける声で出迎えてくれた。
「わたしとお母さんに何の断りもなく、こんな時間まで一体どこをほっつき歩いてたの!?」
「いや、その……。実は学校に忘れ物したんで、取りに行ってたんだ……」
「ホント、本当に? 祐一、わたしにウソ吐いてないよね? 学校に忘れ物したなんてウソ吐いて危ないことに手を出してないよね……?」
「ああ、大丈夫だ。嘘なんか吐いてない……」
 名雪が疑念の眼差しで見つめる。まさか潤に魔物退治に協力しろって言われて学校行ったら、魔物に襲われましたなんて、口が裂けても言えない。なのて、俺は適当に誤魔化すことにした。
「じゃあ答えてよ……。学校に何を忘れたの? 何を取りに行ったの? 忘れ物は見つかったの? 見つかったなら今手元に忘れ物があるはずだよ。それを見せてよ。それを見せたら祐一のことを信じてあげるから」
「うっ……ええっと、学校に忘れ物を取りに行ったというか、宿題を行うために置きっ放しにしていた参考書を取りに行ったのはいいんだけど、その……よくよく見たらその参考書は参考になりそうになかったんで、結局何も持ち帰らずに帰って来たんだ、ははっ……」
 俺は名雪の質問攻めを、曖昧な答えで流した。せめて何かしらの参考書でも持って来ればまだ誤魔化せたのだろうが、あの状況でそんな機転を利かせられる余裕はなかった。
「……ウソだよ……」
「えっ!?」
「ウソだよ! 祐一、わたしにウソ吐いてるでしょ!!」
「う、嘘なんか吐いてないって……」
「誤魔化さないで! 大体昨日からおかしいよ! カッターで切ったくらいでノートはあんな風にならないよ。祐一、何か危ないことに巻き込まれてるでしょ? 今日学校に行ったのも忘れ物を取りに行ったんじゃなくて、悪い不良生徒に呼び出されたから行ったんじゃない!?」
「だから昨日のノートはカッターで切ったからで、今日も参考書を取りに行っただけで……」
 名雪が突然喧騒な面立ちで突っかかて来て、俺は戸惑いながらも必死に誤魔化そうとした。
「ウソだよ! ウソウソウソ!! 祐一はウソを吐いてるよ! だって今の祐一の目、あの日のお父さんの目にソックリなんだから……」
「えっ!?」
「あの日の夜のお父さん、何かおかしかった……。ちょっと急用ができたから出かけてくるって言って家を出たけど、あの時のお父さんの目、今の祐一見たく何かを隠しているような目だった……。そしてお父さんは帰って来なかった……。
 今の祐一の目、あの時のお父さんソックリなんだよ! 出かけるって言って帰って来なかったお父さんの目に!! ……わたし、ヤダよ、祐一がお父さんみたく突然いなくなるの……。祐一は、お父さんみたいにいなくならないよね? わたしの元から消えないよね?」
「……。ゴメン、確かに俺は嘘を吐いてた。忘れ物を取りに学校に行ったんじゃなく、他の用で学校に行ったんだ。でも、大丈夫、大丈夫だ。俺はこうして無事に帰って来たんだし、俺は春菊さんみたく消えたりしないから。名雪の側にいるから……」
 恐らく名雪は、春菊さんが消えた日の姿と、今の俺の姿を重ね合わせているのだろう。だから、黙って出て行った俺が春菊さん見たく帰って来ないのではないかと懸念し、俺が帰って来るまでの間、ずっと俺の無事を祈っていたのだろう。
 そんな名雪にもう大丈夫だからと、俺は半泣きの名雪の頭をそっと撫で上げた。
「本当? 本当に……?」
「ああ、本当だ。約束する」
 そう言い、俺は名雪に小指を差し出した。
「うん、じゃあ指切りげんまん。ウソ吐いたらハリセンボンだよ?」
「ああ、破ったらハリセンボンどころか一万本飲んでやる。約束だ」
 そう俺は名雪と約束の指切りをし、家の中へ入っていった。



「……」
 その後俺は蒲団に入り、今夜学校で起きた事件に思考を集中させた。人に取り憑き襲い掛かってくる魔物に、蝦夷力という特殊能力を保有した、自衛隊特殊部隊見習いに相当する應援團の本当の姿。それら一つ一つが絵空事のような現実だった。
 しかし、そんな中でも一際印象深かったのが、舞先輩の姿だ。本人は手加減していたのだろうが、潤と対峙し首を絞めた舞先輩には躊躇いを感じなかった。本気で潤の口を封じようとしていた。一体舞先輩はあそこまでして何を隠そうとしていたのだろうか?
(そもそも舞先輩ってどんな人だっけ……)
 伊吹先生は10年前に仲良く遊んでいたって言うけど、その時の記憶がないのだから、当時の舞先輩がどういう人だったかは覚えていない。けど、今の舞先輩の姿と10年前の舞先輩の姿は被らない気がする。
(思い出さなきゃな。10年前の舞先輩と過ごした日々の記憶を)
 俺はそう心に誓った。そもそも舞先輩が少々ヒステリック気味なのは、すべて俺の責任な気がしてならない。俺が10年前のことを思い出せずにその場しのぎの適当な態度で接しているのが、舞先輩の心を知らず知らずのうちに傷付けているのだ。
 まずは自分が昔を思い出すことだ。それを成し遂げなければ、今のままの微妙な関係が続くだけだ。俺は10年前の舞先輩との思い出を呼び起こそうと思考しながら、深い眠りに入っていった。



「ねえねえ、お姉ちゃん、また見せてまた見せて〜〜」
 ぼくはあの日から毎日のように春菊おじさんにつれられて、超能者のお姉ちゃんのところにいったんだ。お姉ちゃんはぼくが遊びにいくたびにフシギな人形げきを見せてくれて、ぼくはいつもいつもお姉ちゃんスゴイって手をたたいたんだ。
「ねえねえお姉ちゃん、今日はぼくからたのみがあるんだけど」
「なぁに、祐一?」
「この聖矢のペガサス聖衣クロスをテレビのオープニングみたく、聖矢にガシャガシャって着せられないかな?」
 おんなじ人形げきを毎日のように見せられて、ぼくはだんだんあきてきたんだ。だからある時かわったことをお姉ちゃんにしてもらいたくって、お姉ちゃんにお願いしてみたんだ。
「テレビみたくってどんな感じ? お姉ちゃんそのアニメ見たことないから教えてほしいな」
「う〜〜っとね。『だ〜〜きしめ〜〜た 心の小宇宙コスモ』って歌が流れるとペガサスの聖衣クロスがガシャーンって外れて、こういう感じにガシャガシャーンってカラダに装備されるんだ」
 ぼくはお姉ちゃんにテレビのオープニングで聖矢が聖衣を装着するシーンをさいげんしてみて、これをお姉ちゃんの超能力で手を使わないでできないかなってお願いしてみたんだ。
「う〜〜ん。やったことないからできるかどうか分からないけど、祐一のためにがんばってみる……!」
 お姉ちゃんはう〜〜んってうなりながら、いっつも人形げきをやるときとおんなじように、ぼくの持ってきた聖矢の聖衣の周りに手を当てたんだ。
 ガチャ……ガチャガチャガチャ……
「わ〜〜スゴイスゴイ」
 お姉ちゃんが聖衣の周りに手を当てると、聖衣が手もふれていないのにガチャガチャと台座から外れだしたんだ。
 カチャカチャカチャカチャ
 でも、いくつかのパーツが外れただけで、あとはカチャカチャと地面に落ちたんだ。
「ゴメン……今の私じゃこれが精一杯……」
 お姉ちゃんはいきをハァハァしながら、申し訳なさそうにつぶやいたんだ。
「ううん! でもスゴイよ。手をふれないで聖衣を外せたんだから! やっぱりお姉ちゃんはスゴイよ。ぼく、お姉ちゃんが大好きだな!!」
「大好き? ふふふ、うれしい……」
 お姉ちゃんはぼくが大好きだって言ったら、うれしそうな顔で笑ってくれたんだ。ぼく、そんなにお姉ちゃんがうれしくなるようなこと言ったかな?
「ねえ、祐一。このおもちゃ借りていいかな?」
「えっ!?」
「家に帰ってから練習したいの。祐一が言ったようにできるように。ダメかな?」
「ううん。いいよ、ぼくもお姉ちゃんがもっと上手くやるところ見てみたいし」
「ホント? ありがとう祐一。すぐにはムリかもしれないけど、ゼッタイできるようになってみせるから!!」



「う〜〜ん。なかなかいい感じじゃないですか、舞ちゃん」
「ええ。祐一の奴が毎日のように人形劇をせがむから、舞君も後ろ目なく力を使うことができる」
「やっぱ幸村一佐の言ったように、こちらに来させて正解でしたね。本当はおじさんたちと一緒にいた方がいいんだろうけど、昔みたく“部活動”だなんて言って構ってあげられる時間ないし」
「ええ。多少の懸念はあるかもしれませんが、應援團の裏にいるお方がどなたか存じていれば、奴等もそうそう手を出せないでしょう」
「それにしても、手を触れずに人形を動かすかぁ……。確か、あの年の祭で見た気がするんですよね。今の舞ちゃん見たく手を触れずに人形を動かす女の人を」
「ほう。その時使われていたのは間違いなく古い人形でしたか?」
「う〜〜ん。じっくりとは見なかったけど、少なくとも新しい人形じゃなかったですよ」
「そうですか。もしその人形が古ぼけた人形でしたなら、恐らくあなた達が探している人物の片割れですよ」
「アチャー、あの時ちゃんと見てたら、今こんな苦労して探す必要もなかったわけですね……。でも、あの時は部活の最中だったし、おじさんもゆっくり人形劇に興じているヒマなんてなかったしな……」
「ハハハ。仲間と遊んでいる時ならば仕方ないですよ。第一、当時あなた達は組織に属していなかったでしょうし」
「それを言っちゃおしまいなんですけどね、アッハッハ」
「それよりも、こうしてあなたがわざわざ出向いたのは舞君の姿を見るだけではないでしょう?」
「さすがは水瀬先生、勘が鋭いです。……ええ、開腹手術されて以来体調は回復に向かってはおりますが、やはり予断は許されない状況です」
「あの御方が既に御力をお持ちでないことは奴等に漏れてはいませんね?」
「はい。さすがに我々もその最高機密は外に漏れないよう厳重に厳重を重ねています。ですが、万が一その事実が外に漏れた場合、奴等はあの御方が崩御された際、好機とばかりに舞ちゃんを力尽くでも奪還しようとするでしょう」
「そうならない為の対策は?」
「正直言ってまだ整ってません。本音を言ってしまえば舞ちゃんを身代わりとしてお側にお仕えさせるのが一番なんでしょうけど、それだと奴等がやろうとしていることとあんまり変わんないし」
「心配はいりませんよ。万が一の時は私が何とかしますから……」

…第弐拾壱話完


※後書き

 ようやく3学期の2日目が終わりました(笑)。大体一ヶ月一話ペースなので、今回一日分書くのに半年かかったことになりますね。一日経過するのに半年かかるなんて、どんだけ遅筆なんだよと(笑)。
 ちなみに、前回の更新から大分間が空いたのは、某同人ノベルゲーをプレイしていたからです(笑)。あんまり面白くてSSのほうに手が回りませんでしたが、ちゃんと得るものはありました。早速今回影響されまくってるし(爆)。
 さて、「Kanon傳」と比較してですが、應援團の存在理由が大分明確になったと思います。以前は、「千代に八千代に日本民族が繁栄し続ける、希望の為に…」なんてワケわかんない存在理由でしたので(笑)。
 それと、以前に比べて北川が大分弱体化しましたね(爆)。以前は力の1/10も出していない状態で舞と互角だったのに、今回は能力使っても舞に勝てないと。いえね、京アニ版Kanon見たんですけど、やっぱり北川は強くてカッコイイ役よりも、ヘタレ役が似合うなと(笑)。

弐拾弐話へ


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